2025.11.19 業界動向

ECの2026年問題:AI活用・不正利用対策・Cookie規制の“3つの壁”をどう越えるか?

AI活用の遅れ、不正利用555億円、Cookie規制──いま備えるべき3つの改革ポイント

EC市場は順調に拡大を続けています。経済産業省の統計によると、2024年の日本国内の BtoC-EC市場規模は、26.1 兆円となり、前年から5.1%増加しました(※1) 
しかし、この伸びの裏側で、EC事業者を取り巻く課題は複雑化しています。広告費の高騰、CVRの伸び悩み、顧客体験の高度化ニーズ、そして業務効率の限界などです。そうした中で2026年にはEC事業者が取り組むべき3つのテーマについて紹介します。 

 

1  経済産業省「令和 6 年度電子商取引に関する市場調査の結果

まだまだ進んでいない“AI活用”

ECが成長しているにも関わらず、多くの事業者が「以前ほど広告が効かなくなった」「売上が伸びない」という悩みを抱えています。その背景には、広告費の高騰があります。電通の発表によれば、2023年のインターネット広告費は前年比9.6%増の3兆6,517億円となり、また物販系ECプラットフォーム広告費は2,172億円)(前年比103.4%)となり年々増加しています。(※2

またECにおけるリッチな顧客体験への期待値年々高まっていますAmazonやNetflixTikTokが提供するような“自分に最適化された提案”が当たり前になり、ECでも同じ体験が求められるようになりました。常に新しいUI/UXにアップデートしなければならず、トレンドのキャッチアップ、高度なツールを使いこなすための知識習得、新たなキャンペーンや広告手法の検証など、EC担当者の業務はより複雑にそしてより高度になっておりEC運営の難易度は飛躍的に高まっていると言えるでしょう。

そうした中で数年前から出てきたのがAIブームです。ECの担当者の中には、AIについて着手はおろか、どういうことができるかも追えていない方も多いのではないかと思います。実際にエルテックスの調査によると通販事業へのAI導入は2023年には8.7%2025年7月時点で12.7%となっておりまだまだ未着手である事業者が多い状況です(※3 

一方、世界全体ではAI活用が急速に進んでいます。調査会社MarketsandMarketsによると、生成AI市場は2025年の713億6,000万ドルから2032年に8,905億9,000万へと拡大し、年平均成長率(CAGR)として43.4%で成長すると予測しています(※4。さらに、ECにおけるAI活用は2024年の72.5億ドルから2034年には640.3億ドルへ、年平均成長率(CAGR)として24.34%となるされていま(※5

こうした背景から、今後日本でのAI活用も活発になってくると予想されます。AIは「導入すれば便利なツール」ではなく、競争力の源泉となる中核技術になりつつあるのです。そのためいくつかECに役立つAIをまとめましたのでご説明していきます。

 

ECにAIを取り入れる目的は、「売上の向上/CVRの改善」、「業務効率化」、「顧客体験の向上」と大きく3つに分けられます。

まず「売上の向上/CVRの改善」ですが、AIは膨大なデータを解析できるため、今まで人が気づかなかった傾向を見出すことが可能になります。たとえば、顧客ごとの行動傾向を認識し、最適な商品を提示することで、購入率や客単価の向上に貢献します。また、それぞれの商品における時期・天候などを考慮した需要予測による在庫最適化は、過剰在庫や販売の機会損失を防ぎ、売上向上と利益率改善に貢献するでしょう。 

「業務効率化」については、これまで人の手で行っていた問い合わせ対応や商品説明文の作成、メルマガの準備といった運営作業はAIが自動化し、業務負荷を大きく削減します。担当者が日常的に消費していた作業時間が浮くことで、本来注力すべき企画・改善・分析といった“価値を生む業務”に集中できるようになり、組織全体の生産性向上につながります。

「顧客体験の向上」では、AIが顧客の行動データを読み解き、一人ひとりに適したコミュニケーションを実現することで、オンラインでも実店舗の販売員のようなきめ細やかな接客が可能になります。顧客が「自分向けの提案を受けている」と感じる体験は満足度を高め、リピート購入やブランドへの信頼醸成に寄与します。

このようにAIに期待されることは多く、ECサイトをより魅力的に、EC担当者は煩雑な業務から解放され、ユーザーにとっては実店舗を超えるショッピング体験が可能になるのです。

 

2 電通「2024年 日本の広告費
※3  https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000060.000007894.html 
※4 https://www.marketsandmarkets.com/ 
※5 https://www.precedenceresearch.com/artificial-intelligence-in-e-commerce-market 

不正利用防止が、顧客体験だけでなく売上・利益・CVRの改善へとつながる

EC市場の拡大とともに、不正利用のダメージは年々深刻さを増しています。日本クレジット協会によると、2024年のクレジットカード不正利用被害額は555億円と過去最大を記録しました(※6

多くのEC事業者は3Dセキュアを導入するなどして対応しているかと思いますが、「それで一安心」とはならないのです。不正利用の増加は、単なるセキュリティの問題に留まりません。実は、売上・利益の低下・CVRの悪化という “ECの成長阻害要因”として、EC事業の根幹を揺るがす存在になりつつあります。

3Dセキュアは不正利用への有効な対策として広く導入されていますが、現場では「3Dセキュアを入れた後」に新たな問題が生じています。本来、本人認証を強化する仕組みのはずが、実務では不正利用を完全には防ぎ切れないケースも見られるようになりました。 

その理由の一つが、“3Dセキュアを突破するタイプの不正”の増加です。アカウント乗っ取り型の不正では、攻撃者が正規会員のログイン情報を入手したうえで決済を行うため、3Dセキュアの認証が機能しないケースがあります。また、フィッシングによってワンタイムパスワードを盗み取る手口も広がっており、認証の強化だけでは防ぎきれない状況が生まれています。 

 

さらに、3Dセキュア導入後は、「顧客が、決済段階で離脱する」という課題も顕在化します。本人認証が追加されたことで、SMSが届かない・本人確認の画面が開かない・パスワードを忘れた、などといった理由で購入が中断され、そのまま離脱につながるケースが少なくありません。また、3Dセキュアが義務化された現在では、「不正が増えているかもしれない」というカード会社側の警戒感から、事前の予防的措置として審査が過度に厳格化されることがあります。これは、実際に不正が多発しているという“事後対応”ではなく、不正兆候があるかもしれないという“疑念ベースの強化” が行われる点がポイントです。しかしこの強化は、十分なエビデンスがないまま機械的に適用されることも多く、その結果として 「本来は問題のない正当な顧客」 の決済まで否認されやすくなるという副作用が生じます。特に、特定の業種・業態、金額帯などに偏って厳格化が走った場合、健全な売上機会の毀損につながることが少なくありません。 

 

実際、複数の業界調査では、オンライン決済における決済エラー経験率が3割前後に達しており、特定の業種では4割を超えるケースも確認されています。顧客が購入意思を持っていても、「決済が通らない」という理由だけで離脱し、二度と戻ってこない可能性があるのです。ECのCVRは、広告・クリエイティブ・サイト改善といった上流施策に注目が集まりがちですが、最後の決済段階での“ロス”が最も致命的です。不正利用の増加は、顧客体験を損なう形でCVRを直接押し下げているのです。 

これらを踏まえると、不正利用防止は「リスク管理」ではなく「売上増加・CVR改善・利益最大化」のための重要な基盤施策と位置づけるべきなのです。

 

※6 (一社)日本クレジット協会 「クレジットカード不正利用被害の発生状況」

ファーストパーティデータの取得と整備はいずれ立ちはだかる課題に

2026年以降のEC市場を展望すると、サードパーティCookie規制の本格化が大きな転換点になると指摘されています。Google社は、当初サードパーティCookieの段階的な廃止を2025年の初めから予定していましたが、2024年7月にはそれを撤回すると発表し、廃止時期は未定となりました。確かに直近でのCookie廃止はなくなりましたが、欧米を中心にプライバシーの観点からCookie廃止への動きは加速しています。そうした中でEC担当者は、多くの広告施策が依存してきた外部Cookieを使えなくなった世界を想定しておくべきなのです。具体的にはサードパーティCookieが使えなくなることで、「リターゲティング広告の精度低下」「広告プラットフォームの最適化精度低下」「新規顧客の獲得効率が低下」「パーソナライズされた広告配信が不可」「広告からのLTV最適化が不可」、つまり「購入直前まで追いかけられる」広告が弱体化することになります。これまでのECの広告施策は根本から見直す必要に迫られるのです。 

そして企業は自社が保有するファーストパーティデータ(購入履歴・閲覧履歴・会員情報・メール開封データなど)を中心に、顧客理解を深めていくことが必要です。そしてそのためにはプライバシーポリシーや個人情報の取り扱い規定、個人情報保護方針なども整備していく必要があり、長期的な取り組みとなるのです。

またゼロパーティデータ(好み・興味関心サイズ、悩み、購入意欲、利用シーンなど顧客自らが企業に提供する情報)の価値も大幅に高まり、「どうやって顧客に自身の情報を提供してもらうか」を考え、施策を実行していくかが重要になります。

2026年以降は、ECの“体制“を見直す年に

2026年に向けて、EC市場はこれまでとはまったく異なるフェーズに移行します。広告費の高騰、不正利用の増加、Cookie規制によるデータ構造の変化、そしてAI活用の格差、これらは個別施策で対応できる問題ではなく、EC運営体制そのものの“アップデート”を要求する構造変化です。 

これまでのECは「広告を回す」「商品を並べる」「キャンペーンを打つ」ことで伸びてきました。しかし2026年以降は、それだけでは成果をつくれません。求められるのは、AIを中心としたデータ駆動型の運営への転換、そして不正利用・セキュリティ・顧客体験・在庫管理までを一体で設計する“統合型EC運営体制”なのです。すなわち、人が頑張る運営から「仕組みが回る運営」へ。この転換こそが、広告依存から脱却し、安定した収益モデルを構築する唯一の道になります。 

AIの導入率はまだ10%台に過ぎず、多くの企業には改善余地が大きく残っています。一方で、不正利用は555億円規模に達し、同時にCookie規制は外部データ依存の広告モデルを終焉へと向かわせています。つまり2026年は、“攻めと守りの両方で運営体制のあり方を再設計する分岐点”なのです。 

2026年に考えたいのは、新しい施策もそうですがそれ以上に、新しい運営思想です。AI・データ基盤・不正対策・顧客体験のすべてを統合し、組織が無理なく成長できるEC運営体制に作り替えること。これこそが、2026年以降に市場で存在感を持ち続けるための必要条件になるでしょう。 

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